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全員が降りきると、「スーパー白鳥」は再び「バシュッ」と音を立てて乗降ドアが閉め、走り去っていきました。
「吉岡海底」駅に下り立った30人ほどの団体。しかし、その大半がスーツにネクタイというなんとも場違いな人々。
「・・・?」と思っていると、その「大半の」人々はさらに奥へと歩いて消えていきました。
残されたのは私を含めて6人。みんな私服姿の旅行者風で、ちょっと一安心。。。
さっそくJR北海道のスタッフさんから、トンネル見学についてのレクチャーを受けてトンネルの奥へと出発〜!
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「定点」というキーワードから、この海底駅の謎解きでトンネル見学は始まります。
正式名称が「吉岡定点」というこの海底駅。
「定点」・・・つまり、この海底駅は「防災避難拠点」としての存在が正式であり、
「駅」という名称はJR側が便宜的に使っている、イベント的(この見学ツアーがそうですね)な“愛称”でしかないわけです。
・・・・とまぁ、こんなレクチャーを交えながら、トンネル見学が続きます。
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トンネル内を歩いていくと、緩い坂道になっている部分が。
スロープ状になっている部分の一番低いところの天井上には「本坑」−つまり列車が走るトンネル−が通っていて、
この頭上を「スーパー白鳥」や貨物列車などがガンガン走っているわけです。
ちなみにさきほど「スーパー白鳥」から一緒に下り立ったスーツ族、お国のお偉いさんたちだそうで、
「北海道新幹線建設」の視察に来たんだそうです。
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トンネルの壁面に陶製?のパネルをびっしり填め込んだ「アートメモリアルボード」コーナー。
当時、日本全国から募集した1万人分の作品が飾られているほか、企業体が「購入」したスペースも。
「青函トンネル」の開業は1988年。その当時を偲ばせるような企業広告がいっぱいでけっこう面白いです。
中にはデカデカとスペースをいっぱい購入しているのに、会社そのものが無くなっちゃった企業もあり、バブル時代からの時間の流れを感じます。
この「メモリアルボード」、当時は「半永久的にトンネル内に保存されます」という触れ込みだったそうですが・・・
今、北海道新幹線の工事で撤去を余儀なくされているとか。 さて、どうなることやら!?
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避難用のトンネルである「誘導路」から「本坑」へ。
「誘導路」側には、このようにJR北海道の駅名板をベースにした「よしおかかいてい」のボードがあり、
ここではもちろんみんなで代わる代わるに記念撮影タイム。
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さぁ、「誘導路」から「本坑」に出ました!
よくパンフレットやガイドブックで見るような「青函トンネル」の「トンネルらしい」光景がナマで今、目の前に!!
「定点ホーム」と呼ばれる、トンネルにへばりついているような細いホームは500mの長さ。
この奥行き感は想像以上にカンドーです。!
さすがに安全上から列車が通過しているところは見られませんが、対面のホームに電車が停まっているところを
ぜひ撮りたかったですねぇ。
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この「青函トンネル」内に敷設されているレール、なんと継ぎ目が1ヶ所もありません。
52kmにもわたる距離を「1本」のレールで敷いているのです。
「青函トンネル」の中の温度は通年20度ほどに保たれているのでレールの伸び縮みが起こらず、
それでこのようなスーパーロングレールの敷設が可能なのだそうです。
ちなみにトンネル内の軌道について、すでに「新幹線」の準備が完了している「ある部分」が
あります。レールに平行してポツポツ・・・と見えるのがそう。 将来これを目印に新幹線幅のレール敷設が
一気に行われるんだとか。
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向かいに見えるのは、さきほど「スーパー白鳥」を降りた上り線の「定点ホーム」。
こうして見ると、「本坑」から奥の「誘導路」へ向かって下り坂になっているのが分かります。
ナゼ移動しやすい水平レベルではなく、わざわざ下り坂にしてあるのでしょうか・・・?
トンネル内を通過する列車の災害で、最も発生する可能性があるのが「火災」。
その「火災」によって生じた「煙」が一番恐ろしいのは多くの方がご存知だと思います。
「煙」は高いところへ「上がってゆく」ので、それより低いところへ避難すれば「煙を吸い込む」危険性が
少ない・・・この「下り坂」の意味、もうお分かりですよね。
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