古くから「日光」「鬼怒川温泉」を向かう観光客輸送を担ってきた東武鉄道の特急列車。 5700系・1700系・1720系といずれも「名車」の誉れ高い車両がその看板を務めてきましたが、1990年に新世代型の新型特急が登場。 ボリューム感のある流線型の先頭形状に、オレンジとレッドの華やかなカラーリング。 形式も4桁から一転、3桁のシンプルな「100系」が附され、公募により愛称は独特かつ斬新な「スペーシア」に決定。 東武に久々に登場したこの新型特急は、豪華な客室や民鉄特急初となる「個室車両」、ビュッフェサービスなどが大きな話題となり、 登場年には日本各地に様々な新型特急が登場した中でも「スペーシア」の話題性と人気はトップクラスでした。 しかし、その後の日本経済の落ち込みなどで観光客も減少傾向に。 浅草から日光・鬼怒川直行のイメージが強かった「スペーシア」も、春日部駅や栃木駅停車として近距離利用者の取り込みを開始。 そして、2006年には「スペーシア」に、というより東武特急の歴史そのものがひっくり返るような大きな出来事が起こります。 古の時代から日光輸送のライバルであった国鉄〜JR東日本とタッグを組み、双方の相互乗り入れが始まります。 これによりJRの車両が東武線を経由して日光へ。そして「スペーシア」はJR線へと入り池袋・新宿へ。 東武特急が浅草以外の東京のターミナル駅へと足を踏み入れた瞬間でした。 もうまもなくデビューから20年を迎えようとする「スペーシア」。 すでに貫禄の存在感ながらも、客室は登場当時の豪華さを失うことなく、華やかな観光特急のスターとして走り続けています。 |
客室内の雰囲気は実に「清楚」な印象。 ホテルのイメージを車内で実現するために、欧米の数々のホテルを手掛けたロバート・マーチャント氏をインテリアデザイナーとして迎え、 デビューから20年以上が経った現在でもまったく色褪せた感のない雰囲気が保たれているのはさすがです。 座席は全体的に肉厚なクッション材が使われ、さらにハイバックシートとなっているので、スレンダーな座席に見えます。 座面・バックレストともにクッションの柔らかさは充分すぎるほどのもの。 最初に腰を掛けた時に座面が臀部を心地よく受け止めてくれる感覚は、最近の特急車両の座席では味わえない「豪華」さを感じます。 バックレスト面は、背中全体が包み込まれるようにクッション面が成型されているので、どんな姿勢でも寛げます。 私個人の感想では、JR各社のグリーン席も含めて「日本の特急トップ3」の中にランクインされる素晴らしい座席だと思います。 シートピッチは1,100mm。フットレストも土足面と素足面の2面構成で、足元のくつろぎも充分な空間に。 ヘッドレストの両脇が大げさなまでに出っ張っていますが、これはかつて内蔵スピーカーを装備していた名残です。 ヘッドフォン無しで音楽チャンネルが楽しめるサービスだったのですが、そのサービスも終了となり現在ではその大きさだけが目立ちます。 ただ、この大きさは隣の席との距離感を出すような「仕切り」となっていて、個々の席のプライベート感がかなりあります。 テーブルはインアーム収納テーブルと、壁面に据え付けられた折り畳み収納テーブルの2タイプ。 歴代の東武特急がそうであったように、スペーシアも最初から「観光特急」としてのコンセプトを全面に出して作られているので、 座席を向かい合わせにするグループ客が、車内で歓談しながら飲食することを想定してこの2種のテーブルを装備。 その一方で背面収納テーブルは装備されておらず、座席背面は網ポケットがあるだけであっさりとしています。 これは、前述のヘッドレストスピーカーを装備する際に、床面の配線から座席の上部までスピーカー管を座席内部に通す必要があり、 この管が座席背面部分ギリギリで通されているため、背面収納テーブルを押し込む窪みを取る余裕がなかったためのようです。 |
「スペーシア」の一番のウリがこの浅草・新宿方先頭車にある「個室車」。 様々な設備の鉄道車両が登場していて、個室というのも珍しくは無い設備ですが、 実は、昼行特急で1両まるまる「個室」となっている車輌は、スペーシアのこの車輌が日本で唯一の存在です。 こちらは普通車よりもさらに「バブル期製造」のスピリットが炸裂しています。 とにかくありこちに「金色」のワンポイント。ドアの取っ手に、帽子掛けに、通路の手摺に、壁のトリムに… 極めつけは個室の真ん中の鎮座するテーブルで、素材は「天然大理石」! そしてここにもゴールドのトリム。 ソファーはひじ掛けを収納してしまえば大人3人はラクにかけられるほどの大きさで、かなりゆったりしています。 (ちなみに個室の最大定員は大人4名まで) 窓もかなり大きく、鉄道車両の「個室」というと閉鎖的なイメージがありますが、かなり開放感があります。 通路側のドアにも縦長の窓があり、こちら側の視界もけっこう開けています。 通路側の壁には空調や照明などの操作パネルが設置されています。 デビュー当時はビュッフェと直結したインターホーンがありましたが、現在は撤去されています。 空調の強弱や、照明の照度を自由に変えられる点は、さすが「豪華さ」をウリにした個室なだけはあります。 床面は一面の絨毯張り。この絨毯の毛がけっこう長めで、まさにホテルのお部屋のフワフワ感が足元に感じられます。 デビュー当時は、レースカーテン・厚手のカーテン・電動ブラインドと3種類も装備していました。 現在は手で引くプリーツカーテンだけが装着されています。 JR乗り入れ対応となっている編成の個室車にはJRのグリーン車マークが貼られていますが、 JR直通の「スペーシア日光・スペーシアきぬがわ」号で運転される時は、この個室は「グリーン個室」となります。 |
スペーシアのビュッフェといえば、オーダーエントリーシステムを活かしたシートデリバリーが有名でしたが、 近年の鉄道界の供食設備縮小の動きは激しく、スペーシアでも1995年7月からシートデリバリーを止めてしまいました。 現在ではワゴンによる車内販売サービスが行われていますが、立派なビュッフェ設備を活かしたサービスは今でも健在。 中でも、ギャレイの電子レンジを活用して冷凍食品を加熱した温かい食事の提供が行われているのは特筆です。 この加熱品メニューの内容は「からあげ」「シュウマイ」「チャーハン」「焼きおにぎり」など多彩な種類が揃っていて、 グループ客が車内宴会を開いている光景が多く見られるスペーシアでは、それを盛り上げるに打ってつけ。 このレンジ加熱メニューは、乗客自身で3号車のビュッフェへ出向いて購入します。 このほかにもスペーシアグッズや日光の地酒などお土産品もいろいろあるので、乗車記念品として購入するのもおすすめ。 (■) なお、下りは浅草17時発以降と上り浅草11時30分着以前の列車と、JR直通の「スペーシア日光・スペーシアきぬがわ」号では ビュッフェ営業は行われておらず、その際にはビュッフェスペースはカーテンでクローズされています。 (■) |
3号車には「ビュッフェ」に隣接して、「サービスコーナー」「電話室」「自動販売機」が設置されています。 東武特急では「デラックスロマンスカー」の時代から、車掌とは別に「スチュワーデス」が乗務していました。 「スペーシア」でもこのサービスコーナーで、日光/鬼怒川の観光案内から現地のタクシーの手配などを行う傍ら、 堪能な英語を使いこなして、「NIKKO」へと向かう外国人乗客への対応をしていました。 残念なことに「スチュワーデス」の乗車は、2003年3月の改正で終了となってしまい、 しっかりした設備の「サービスコーナー」も、今はカウンター内はカラッポで、勿体無いような感じです。 |
サニタリーコーナーは1号車・4号車・6号車の3ヶ所で、いずれも和式・洋式・洗面台から構成されています。 当時の新型特急は「洋式個室」で統一し、「和式個室」を最初から設置しない列車が多かったので、 今見るとこの時代の「新型特急の和式個室」というのは、妙に珍しさと新鮮さがあります。 洗面室には、珍しく縦長のドレッサー用のカガミがあり、身だしなみに気を遣う女性には嬉しい設備。 |
「スペーシア」のデッキは、プラグドア共々かなりワイドです。大きめの旅行カバンを抱えての乗車もラクラク。 しかもデッキ部にまで絨毯が敷かれていて、「特別急行」らしいステータス感に溢れています。 1号車と6号車のデッキには「ブルーリボン賞」の受賞プレートが掲げられています。 現在、リニューアル・リファインなどが行われるとこのプレートを撤去してしまう列車が多いのですが、 この「スペーシア」では、なんと全編成の1号車と6号車のデッキにこのプレートが健在。 当時の東武はこの「スペーシア」に賭ける意気込みが物凄く、TVCMからキャンギャルの公募、試乗会の多数回開催、 そして鉄道ファン向けイベントでは「ブルーリボン賞投票に1票を!」と、臆することなく呼びかけていました。 対抗馬は「スーパービュー踊り子」「さくらライナー」「タンゴエクスプローラー」「ニュースカイライナー」など、 今見ても華々しい車種でのラインナップで、当時の新型列車デビューが大ブームだったことがうかがえるようです。 投票数ではトップの「ビュー踊り子」に7票差で「スペーシア」は2位だったのですが、積極的な広報活動が功を奏したのか、 票差が少ないということで逆転トップを獲得し、「ブルーリボン賞」を獲得したという逸話が残されています。 |